ミサエさん(仮名) は、病院で3日に1回腹水穿刺を行っていました。
「おなかの水を抜いてもらわないと食べられないの。家に帰っても3日に1回抜いてくれますか?」
退院前カンファレンスでの先生への質問でした。
「おなかの水を抜かないといけないなら、家でも抜けますよ。
また、帰ってから相談しましょうか」と先生は返事をしました。
薬の調整をしながら、半年が過ぎました。
病院での3日に1回の腹水穿刺……
家に帰ってからは、一度もおなかの水を抜いていません。
癌性腹膜炎で、腹水がたまるとしんどくなります。
でも腹水を抜くと、大切なタンパクも失ってしまうことになります。
抜いて楽になるのはいっとき。抜き続けるとしんどさが増してきます。
なので、おなかが張って息苦しくなるようなことがなければ、なるべく抜かずに対応します。
せん妄症状が出はじめました。
座薬などの薬を使って、寝てくれる日もありますが。。。なかなかスッと寝てくれない日もあります。
ミサエさんに、昨夜の状況を尋ねると「夜は暴れん坊将軍になったんよ」と話してくれます。
痩せて筋力も落ちて、起き上がることも難しい状態ですが
せん妄の時はすごい力が発揮されます。
周囲はびっくりです。ベッド柵のない足元から、上手に降ります。
そんなせん妄混じりのミサエさんですが、先生が部屋に入ってくるとすぐに、
「先生、髪の毛切ったんですね。すっきりしてていいわぁ」
鋭い観察力…ちょっとした変化も見逃しません。
「先生来てくれたら、元気出ますね」と話してくれます。
でも「恥ずかしいから...」と、先生と長くは目を合わせません。
お姉さんが「先生が来られると元気です。帰ると(せん妄症状が強くなって)だめですねぇ」と教えてくれました。
(辛いところです。。。)
ベッドの端に腰かけた状態で、目線を合わせてミサエさんとお話をします。
今日は、自分でゆっくりと起き上がって座ってくれました。
私が「うちの男前しっかり見ておいてねぇ」というと
ミサエさんは、後ろにいる先生の方を振り返って
「男は笑顔よしがいいわね」「男前? 私は鶴田浩二が好きです」と返ってきます。
皆で爆笑です。
先生は「…『鶴田浩二』かぁ、 僕 知らんわぁ」と、ジェネレーションギャップ!!!
せん妄症状が出はじめた頃、介護してくれているお姉さんや姪御さん、甥御さんは
戸惑っていました。でも、今は落ち着いて対応してくれています。
ミサエさんの話を否定することなく、よく聴いてくれています。
「息子がね、プロ野球選手になったんです。私もびっくりしました」
(なぜか、突然…プロ野球選手に??)
姪御さんは「ほんとう~。良かったねぇ」と、話を合わせてくれています。
ミサエさんは「良かった。良かった」と一安心の様子。
週に2回、訪問入浴を利用しています。
手の指にはピンクのラメ入りのマニキュア… おしゃれさんです。
日中は、気持ちが落ち着いたり、気分転換になるようにと
姪御さんはミサエさんの好きだったという歌を、一緒に口ずさんだりしてくれています。
「カラオケ。。。よく行きましたよ」
十八番は、テレサ・テンの『時の流れに身をまかせ』
先生がスマホで音楽を流してくれます。ミサエさんと一緒に歌います。
♬ もしもあなたと 逢えずにいたら
わたしは何をしてたでしょうか
平凡だけど 誰かを愛し 普通の暮らししてたでしょうか
時の流れに身をまかせ・・・
(2番まで歌いきりました)
歌を歌うことは、嚥下の訓練にもなります。
「肉が好きなんです。わたし…」
「姪の作るビーフシチューは天下一品です」
姪御さんの作ってくれるおいしい手料理を、むせることなく食べています。
せん妄の時はつじつまの合わない会話もありますが
お姉さんや姪御さん、甥御さんに対して
普段感じている感謝の気持ちが表現されることもあり、皆の気持ちが和みます。