○○さんは、建築の資格や調理師免許を持ち、絵や書道、カラオケも得意な92歳のスーパーおじいちゃんです。
晩秋、急な腹痛で病院に運ばれました。膵ぞう癌でした。
手術や化学療法などの治療をせずに、できるだけご自宅で過ごしたいと... 退院して来ました。
自宅から少し離れたところにある畑で、野菜も作っていました。
はじめて伺った時「畑近いよ。行こか」と。 先生と私を連れていってくれました。
足取りも軽く、50㎝ほどの溝も飛び越えていきます。
ハラハラしながら、後を追いかけます。
「大根持っていって... 入院してて、世話できてないから、あんまり大きくないけどな」と
畑の大根を手際よく抜いてくれました。
訪問診療に伺うたびに、「今日も畑に行った?」と尋ねると
返事はいつも... 「ちょこっとな」と。
健康のためにと、ご自分で作った野菜でジュースを作って飲むのが日課です。
大きいものでは、たたみ1畳くらいになるでしょうか、、、
玄関先の外壁に、ご自身で書かれた油絵が10数枚飾られています。
(絵の腕前もかなりのものです。)
ある日伺うと、玄関先の様子が少し違います。
それまで飾っていた絵とは異なる絵が飾られています。
大きな絵の足元には、綺麗に咲いたシクラメンが置かれていました。
母屋の入り口のドアをノックして声をかけますが、姿は見えません。
何回か声をかけると、台所から○○さんがひょこっと顔を出しました。
「来てくれたんか。。。まぁ、そこへ座って... 」と言い、台所に入ってしまいました。
こたつの周囲も様子が違います。
上座に座布団が置かれ、自分が座る座椅子は下座に移動しています。
少しすると、台所からお皿を手に○○さんが現れました。
「鮨握ったんや。まぁ、食べて。そこに座って」と、座布団は3枚...
「△△くん(訪問看護師)にも、来てくれって電話したんや」と、職人顔です。
少し遅れて到着した△△くんも一緒に、○○さんの握ってくれたお鮨とお吸い物を頂くことになりました。
ようやく○○さんが座椅子に座ってくれました。一緒にお話をします。
先生が
「息子さんやお孫さん、家族の分も握るやろ。握ってるところを写真に撮らせてよ」とお願いしますが
返事はありません。。。 今日は、私たちが台所に入ることを許可してくれません。
「ごちそうさまでした。美味しかったです。準備から、大変やったねぇ。
ありがとうございました。でも、もう気を遣わんといてね」と伝えると
「一期一会やな...そのうち動けやんようになるやろから、動けるうちにと思ってな。
先生と△△くんの顔見てたら、元気出てくるんよ。」と笑顔です。
すべて、ご自分で段取りを決めています。
『一期一会』とは、茶道に由来する言葉です。
茶会に臨む際には、その機会は二度と繰り返されることのない、一生に一度の出会いであるということを心得て
亭主・客ともに互いに誠意を尽くす心構えを意味します。
茶会に限らず、広く「あなたとこうして出会っているこの時間は、二度と巡っては来ない
たった一度きりのものだからお互いに大切にしよう」という意味です。
玄関先の絵をかけ替えていたり(多分、季節に合わせて絵を選んだのだと思います)
お花を飾っていたり、座布団の配置など
すべてが 『一期一会』を大切にされる○○さんのおもてなしです。
今日は一段と、生き生きとされています。
(頑張りすぎて、お疲れが出なければいいのですが... )
息子さんのお話では、「人の助けになるように」と、いろいろなお仕事をされながら
頑張ってこられた ○○さん
今までの生き方と今日のおもてなし... 通じるものがあります。
人との出逢い... 私たちも「一期一会」の気持ちを大切に頑張っていきたいと改めて思った時間でした。
(後で、台所に入らせてもらうと、ご家族のためにお鮨を握る準備をしていました。
その夜は、ご家族みんなで、おじいちゃんの握ったお鮨を食べながら
楽しい時間を過ごされたのだと思います。)