訪問診療に伺った当初、、、
痛みの程度を尋ねると、山川さん(仮名)は「大丈夫やよ」と答えてくれました。
表情は穏やかです。
でも、お話する中で、かなり我慢強いのだと感じました。
本当は痛いのです。。。
痛みを軽減させるために、薬の調整が始まります。
奥さんは、1冊のノートを準備してくれました。
痛みの状況と薬を飲んだ時間、食事の有無と内容、排便の状況
入浴した日、発汗が多かったので着替えた回数・・・ 等々
ご主人の状態がわかるように、ノートに記録してくれています。
先生と私は、訪問した時に必ずそのノートを見せてもらいます。
前回の訪問から1週間、その間の状態がよくわかるので、ありがたいです。
丁寧にノートに書いてくれているので、奥さんが疲れてしまわないかと心配になります。
(いつも、笑いながら「大丈夫よ~」と言ってくれますが・・・)
最近は、痛みも少なくて、食事もとれており、いい感じです。
暖かくなって、桜の季節が近づいてきました。
「ご家族でお花見でも行けたらいいのにね~」と話していました。
ある日の夕方、「なんだか様子がおかしい」と、奥さんから先生に電話がありました。
お箸が持てずに、うどんを手でつかもうとしたり・・・
顔にぴくぴくとした動きがあったと・・・
すぐに、往診に向かいました。
車を降りて家に入っていくと、山川さんはこたつの前の定位置に座っていました。
その表情をみると、しかめっ面? 硬い表情... 何だかいつもと違います。
こっちを見て「なんな?」と言います。
先生と私が急に現れたので、びっくりしたのでしょう。
「近くに来たから、先生と一緒にちょっとお顔を見に来ましたぁ~。
来たついでに血圧とか測らせてね」と伝えました。
血圧、脈、体温、呼吸状態はいつもと変わりがありません。
意識ははっきりしています。
「なんな?」「そうか」と、簡単な言葉(単語)は出ていますが
自分の名前は言えません。(わかってはいる感じです)
両手を握ってもらうと、右手に少し力が入りにくい感じです。
瞳孔の大きさにも、少し左右差が出ています。
この様子から、『何かが脳で起こっている?』と考えました。
先生は、奥さんに状況を説明し、すぐに救急受診の段取りを始めました。
山川さんは、自分の状態と周囲の様子がいつもと違うことがわかるので
「なんか変やな」「なんな?」を繰り返しています。
不安にさせないように、
「念のため検査が必要なので、病院へ救急車で行くからね。先生も一緒に乗って行くよ」と伝えました。
A病院の救急外来に到着し、先生が病院の医師に引き継ぎを行いました。
その直後、救急外来で、大きな痙攣がおこったそうです。
検査の結果、脳に大きな転移があることがわかりました。
元々、肝臓にも肺にも癌があるので、手術などの治療はできません。
入院して、脳の腫れをとる薬と痙攣止めを点滴してもらいました。
病状によるものと環境が変わったことで、せん妄症状も出ました。
ご家族の話では、そんな状況の中でも
山川さんは「家に帰る」とはっきり言われたそうです。
4日間の入院で、退院することになりました。
山川さんの希望通り、自宅に帰って来ました。
心配なのは、「言葉が出るか」、「動けるか」です。。。
退院当日に訪問すると、いつもの定位置に座っています。
「大丈夫やよ。まぁ、こんなもんやな」と話ができています。
先生が「ようできる看護師さん(奥さんのことです)、家にいるから安心やね」と言うと
山川さんは、奥さんの方を見て「まあなぁ~」と、はにかみながらの笑顔。
退院してから、うそのように痛みがなくなりました。
痛み止めも飲んでいません。食欲旺盛で、たくさん食べています。
雨戸をあけたり、家の片づけを行ったりしています。
入院前より動けています。
人の体って、本当に不思議です・・・
あれだけ がんの痛みが辛くて、医療用麻薬を使っていたのに。。
状態が安定しているとはいえ、いつ急変するかわからない不安を抱えながらの毎日です。
奥さんは、ご主人に不安を感じさせないように
いつも明るくふるまってくれています。
ある日、訪問すると、庭のつつじと花水木がきれいに咲いていました。
いつも通り奥さんが書いてくれているノートを見せてもらい、診察を終えました。
山川さんは、お天気がいいので、先生と私を見送るために、庭に出てくれました。
先生が「山川さん、奥さんと二人で写真撮ろうよ」と声をかけます。
お二人とも照れながらですが、並んで記念撮影・・・。📷
いい笑顔です。
この穏やかな時間が続くことを願いながら・・・。
本日の訪問診療を終えました。