前澤さん(仮名)80代の女性です。
ケアマネージャーさんからご紹介いただいたときは、肺癌でかなり厳しい状態でした。
でもご家族は、前澤さん自身に、そのことを伝えていませんでした。
ご本人は「治療をして肺癌は治った」と思っているとのこと。
娘さんたちは、病状が悪いことをお母さんに悟られたくないと
かなり気を遣っているご様子でした。
「私たち『城北の杜』が訪問診療に伺うことはどう伝えているのか?」そこが気がかりです。
初回の訪問のときに、同席してくれたケアマネージャーさんに確認すると
「病院の先生が心配して、代わりに家まで行ってくれる先生を紹介してくれた」とだけ
伝えているとのお話でした。
前澤さんにお逢いすると、緊張されているのが伝わってきます。
血圧がかなり高めです。ご本人曰く、『人見知り』なのです。
「夕方~朝」は長女さんが、「日中」は次女さん
2交代制でお母さんのお世話をされていました。
前澤さんは、「あんまり食べられないんよね。水分も入らん」と言います。
「いくら水分を取るように言っても、飲んでくれないけど、孫の信(仮名)が言うと
素直に聞くんよね」と娘さん。
「信に言われたら、仕方ないわ」と笑っています。
小さい時からずっと、前澤さんが手塩にかけて、信君を育てたそうです。
おばあちゃんに残された時間が少ないことを理解していた信君(25歳)は
「最期は、ばあちゃんの世話をしたいから、そうなったときは言って欲しい」と
希望されていました。
ある日訪問すると、「回転ずしに行ってきた」と話します。
娘さんたちが、車いすで、お鮨を食べに連れて行ってくれました。
「吐き気がある」「食べられない」と言っていたのに。。。びっくりです。
お話を聴いていると、小さな声で
「訪問診療の先生って聞いて、おじいちゃんが来るのかと思ってたけど。。。違ったね。
私、人見知りで難しいけど、石田先生は大丈夫やわ」とにっこり。
緊張感も少しマシになっています。
この日の様子を見て、先生は少しでも前澤さんが動けているうちに
信君に帰ってきてもらった方がいいのではと、娘さんに伝えました。
早速その週末から、信君は介護休暇を取って帰ってきてくれました。
ある日伺うと、痰が喉に引っかかって出にくい様子です。
先生は、スクイージング※1を行います。
※1 スクイージング:呼気に合わせて胸郭を手で圧迫し、痰を出しやすくする方法です。
粘ばっこい痰がやっと出て、声も出やすくなりました。
傍にいた信君に、先生は動画を見せて、スクイージングの仕方をレクチャーします。
おばあちゃんのために、一所懸命な信君
「僕、介護の仕方もマスターするわな!」「ばあちゃん、一緒にがんばろな!」
必死さのあまり声が大きくなります。
前澤さんは、引っかかっていた痰は出たものの、もう、ぐったり。。。です。
信君の方を見て、「ちょっと うるさいわ、、、」としかめっ面。
私が、「痰 出すのに疲れたね。もう、静かにしといてって感じかな」と言うと、頷きます。
「信君を、こんなに立派な優しい青年に育てたのは誰?」と尋ねると
にっこり笑って、すかさず「私やね」と前澤さん。
ばあちゃんのその一言と笑顔で、みんなも笑顔になりました。
前澤さんが亡くなって、五日。。。
新規の訪問を終えて、18時過ぎ…クリニックに戻ると
北端さんが、信君から先生への伝言をあずかってくれていました。
「先生のこと大好きやで」と。
ストレートな告白(笑い)・・・。思いが通じたことに感謝です。